ギブ あんど テイク

その日はいつもより余計に早く目が覚めてしまった。
窓の外はそれなりに明るくなってはいたが、まだ日は昇っていないようだった。
そのままもう一眠りする気にはなれなかったので、そろそろとベッドから起き上がり服を着替えた。
それから身なりを整えるとなるべく音を立てないようにして部屋から廊下へと出た。
しん・・・と静まりかえった城内。
こんな時間に起きている者などそうはいない。
靴音を立てないように静かに城内を移動して、外への扉へと向かった。

扉を開けて外へ出るとヒヤリとした朝の空気が肌に触れた。
辺りにはまだうっすらともやがかかっていて、朝独特の静まりかえった空気が流れていた。
無意識のうちに自分の足はあるところへと向かって歩いていた。
おそらく、自分よりももっと早く起きているであろう男のいる場所へと・・・。

そこへ着くと、やはりと言うべきか朝もはよからせっせと作業している者がいた。
近づいていくと足音で気がついたのか、手を止めてこちらを振り返った。
「おー。めずらしいな、こんな時間に」
その言葉に軽く手を上げて答えると歩みを止めずにそばまで近づいていった。
「なんだ・・・?眠れなかったのか?」
「ン・・・?まあ・・・な」
あいまいに返事をすると
「なら、添い寝でもしてやればよかったか?」
と返ってきた。
そんな添い寝ならいつだってして欲しいのだが。
「なんてな、冗談、冗談」
笑いながらあっさりかわされてしまった。こいつにその気が無いのは分かりきったことだったのだが。
(なんだ・・・ずいぶん機嫌がいいんだな・・・)
普段、あまり冗談など言わない(特にこの手の冗談は)ので、何かあったのだろうと推察できた。
「何かいいことでもあったのか?」
「ん〜?」
そう訊かれて、待ってましたとばかりに笑顔を向けた。
「あのな、この前蒔いた種、今日芽が出てたんだ!!」
と嬉しそうに言った。
(ああ、それでか・・・)
機嫌がいい理由を聞いて納得した。
こいつが機嫌のいい時といえば、やれ芽が出ただとか、花が咲いただとか、実がなっただとか・・・。そんなことばかりだったのを思い出した。
そんなありきたりのことをこんなに喜べるこの男をある意味うらやましく思う。
仕事に熱心で、自分の育てている物に愛情込めているのもわかるのだが・・・。
その、農作物に込める愛情のうちの少し(本当にほんの少しでいいから)でも自分に向けてくれたらどんなにいいかと常々思っていた。
それを口に出して言うほど愚かではないので言いはしないが。
「あー、そうだ!」
そう言うと、どこからともなく赤い2つの物体を取り出した。
「これ」
両手に1つづつ、2つのリンゴ。
「リンゴ?」
わけがわからなかったので思わずそう言ってしまった。
「これ、さ、そのまま生で食べるにはちょっと熟しすぎちゃってるんだよな・・・」
こちらの様子をうかがうようにして言葉を続ける。
「だから何か作ってくれよ」
ああ、そんなことか。
「あれがいいな。アップルパイ、シナモンがきいてるやつ!前に作ってくれただろ?」
そういえば、そんなこともあったっけ・・・。こいつが言ってる"前”っていうのはだいぶ前のことだ。
「だから・・・」
言いかけて視線を自分の手の中にあるリンゴへと落とした。その顔はほんの少しだけ沈んで見えた。
「ゴメン・・・やっぱいいや。お前、忙しいもんな・・・。俺のワガママだから、気にしないでくれ」
本当にすまなそうに笑顔を浮かべてそう言った。どうしてこんな時ばかり人の都合を心配するのか・・・。
そんな顔をされると、そんなことを言われると嫌なほどこいつとの距離を感じる。それを作ってしまったのは自分なのだ。
何も言わずにリンゴへと手を伸ばし、それをつかんで取った。
それからリンゴをしげしげと眺めてみる。確かに熟しすぎ、というよりは少し傷み始めている。
「パーシィ?」
昔ながらの呼び方で俺のことを呼ぶ。本当に何も変わってないのだ、こいつは。
それを思うと自然と顔に笑みが浮かんだ。
「作ってやるよ」
まるで自分に言っているかのようにそう言ってやった。
「え・・・?」
「食べたいんだろう?」
「本当に?」
そう、少し上目遣いに俺の方を見て言った。
「ああ」
俺がそう言うと、にっこりと満面の笑みを浮かべた。まるで子供のようだ。

大体、俺がこいつの頼みごとを断るわけはないのだ。
俺に頼みごとをするなんてそんなにあることではないし、内容も大したことではない。今までがそうだった。
こいつの喜ぶ姿を見られるのなら、何だってしてやりたいと思っているのだから。
自分の不利益になること以外は・・・。
ただ俺が与えてやるだけってのは面白くないから、ココはギブアンドテイクにしておこう。
「でも、お代はもらうぞ?」
そう言うと、困ったような顔を俺に向けた。何を言っているのか、と。
もう半歩、近くに身を寄せてその瞳を覗き込んだ。キレイな色の瞳。これも昔と変わらない・・・。
それから自分の唇をその唇に重ね合わせた。畑仕事していたこともあって、ほんの少し土のにおいがした。
そのまま舌を滑り込ませても良かったのだが、ここはやめておいた。
俺が身を離すと、突然のことで身動きできなかったバーツが口元を隠すようにして視線をそらした。頬がほんのり紅い。
キスなんて何度もしてやってるのに、いまだにこの反応。まあ、これはこれでいいのだが。
「今のは前払い分な」
ニヤリと笑ってそう言ってやった。
「なっ・・・!!」
「あとはお前の休みを1日もらう」
手の中でリンゴをクルクルと弄びながらバーツの反応を見ていた。この場合、バーツに選択の余地はない。
俺がそう仕向けたからだ。
はあ・・・と小さくため息をつくと 
「絶対作ってくれよ!?」
と半ば怒ったように、眉間に少ししわを寄せてそう言った。
「お任せあれ」
俺は胸に手をあてて軽く頭を下げた。

そうやって俺はバーツを1日自由に出来る権利を手に入れた。
自分はただアップルパイを作るだけでいいのだから、安いものだ。
早起きは三文の得・・・か。
実に三文以上の価値があったと、そう思う。
こんな朝なら毎日早起きしてもいいだろう。

俺が背を向けてその場を後にした直後、
「チェ・・・」
とバーツが呟くのが聞こえた。



=END=



どんなもんですか、パーシィ×バーツ・・・。
パーシィちゃん片想いっぽいでしょうか?
一応、年上を装ってますね(笑)
アップルパイにした意味は特にありません(^^;

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