月夜の心

月がよく輝く夜だった。
月見がてら散歩でもしたい衝動にかられ、パーシヴァルは一人部屋から出て城の外へと向かった。
まだ寒くない時節、夜の空気も心地よかった。
解放された空間から見る月は部屋の窓から見るものよりもきれいに輝いているような気がした。
城の正面の扉から真っ直ぐに、短い階段を降りていった。
すでに夜の遅い時刻、出歩いてる者などいるはずもない。建物にはほのかに明かりが灯っている程度だった。
噴水のあるところまでゆっくりと歩いていき、また空を見上げた。
ふと右手のさらに降りる階段の方を見ると、近くの塀の上に誰かが座っていた。
「?」
疑問に思って少し近づいてみるとそれはパーシヴァルにとっては間違いようのない後姿だった。
「・・・バーツ?」
少し控えめに声をかけると、びくっと身体が反応した。その後姿は服の袖あたりで顔を拭った。
パーシヴァルが歩み寄っていっても振り向くことはなかった。
「何してるんだ、こんなところで。もう遅い時間だぞ?」
声をかけてもバーツはパーシヴァルの方を見ようともしない。
俯き加減の顔は長い髪の毛に隠されて見ることは出来なかった。
「おれだって夜出歩くこともある・・・パーシィだって何してるんだよ、こんな時間に」
「俺は月見がてら散歩。いい月が出てるだろ?」
バーツのいつもより少しトーンの下がったかすれ気味の声が気になったがパーシヴァルは普段どおりに答えた。
そして何も言わずにバーツの隣の塀の上に腰掛けた。
足元から下を見るとそこはバーツにあてがわれたこれから畑になる予定の空き地だった。少し掘り返した跡がある。
「嬉しくないのか?また畑仕事出来るっていうのに」
「そりゃ嬉しいさ・・・」
「だったら・・・。嫌だったら帰ってもいいんだぞ?」
「自分で連れてきといてそれかよ?」
「強制したわけじゃないからな・・・。でも、あんなことがあった後だから俺は側に置いときたいんだよ」
そう言うパーシヴァルにバーツは何も言わない。相変わらずその表情は見えないままで月明かりに照らされた髪の毛が金色に光っていた。
「なあ・・・別に我慢しなくてもいいんだぞ?」
「・・・なんだよ、それ?」
「泣きたいなら俺の胸くらい貸してやるって言ってるんだ」
「・・・ばかなこと・・・」
バーツは小さく呟くように言った。
普段決して見ることのないバーツのその姿はパーシヴァルを戸惑わせるのに充分だった。
手を伸ばせば頭を撫でてやることも出来るのにそれも躊躇わせるようなそんな雰囲気で。
イクセが焼き討ちにあってから少しの間、パーシヴァルは村のことを心配しつつも立ち寄る時間を取ることが出来なかった。
やるべきことは山のようにあって、当然バーツに会う機会すらなかった。その間に心を閉ざしでもしたというのだろうか?
昼間会った時には変わりない様子に安心したのだが。
「俺はお前が心配で・・・」
「・・・年上ぶって・・・」
「年上だよ」
パーシヴァルは低く優しく諭すように言った。
しばらく沈黙していたバーツはゆっくりと顔を上げるとぼんやりとした様子でパーシヴァルの顔を見た。
それから自分の頭をぐうっとパーシヴァルの胸に押し付けた。あまりに強く押し付けるのでパーシヴァルは少し痛みを感じた。
「バーツ・・・?」
また顔の見えなくなったバーツの頭の上から声をかける。
「なあ・・・本当のことを言ってもいい?」
下から小さく漏れるような声が返ってきた。
「え・・・?」
「今でも時々、夜眠れない時があるんだ・・・」
バーツがそう言うのを聞いてパーシヴァルはドキリとした。
「あの日のこと思い出しちゃって・・・さ・・・」
パーシヴァルも騎士になってから、戦いに出たあとなどは悪い夢を見ることもあった。それは経験とともに慣れ、今ではごくたまに眠れなかったり悪い夢を見たりする程度だが、戦争などとは縁遠い場所で生きている一般人にとってその体験は恐怖に他ならない。
頭では忘れようとしていても身体が覚えているのだとパーシヴァルは知っていた。
「夕焼けで紅くなった空がもっと赤くなって・・・おれの畑も風車もみんな燃えて・・・」
あの時の村の様子はパーシヴァルも忘れることが出来なかった。村の人達は元気を取り戻してきていたが村の復興にはだいぶ時間がかかるようだった。
「残ったのが握ってた鍬だけなんてさ・・・本当は笑えないよ・・・」
「バーツ・・・」
「何で・・・」
「もういい・・・」
パーシヴァルはバーツの言葉を遮るとバーツの頭を二度三度撫でてやった。
バーツの肩は小刻みに震えていて、声を殺して泣いていた。
パーシヴァルはその様子に掛ける言葉も見つからなくて、ただ無言で見つめるしかなかった。
「もっと・・・早く来て欲しかった・・・」
「・・・!?」
バーツから小さく発せられた言葉はパーシヴァルの思いもしないことだった。
冗談でもバーツは今までにこんな事を言ったことはなかったから。
「ごめん・・・」
バーツの頭を撫で、そう返したが、そんなありきたりの言葉しか返せない自分が情けなかった。

「・・・今日は眠れそうか?」
「・・・?」
「眠れないって言うなら・・・俺の部屋に・・・来るか?」
パーシヴァルはほとんど無意識のうちにそう言ってしまっていた。言ったあとではっと気がつき、しまったと思った。
それは絶対に言うべきことではなかったのだから。まるで人の弱みにつけ込んで利用しようとしているようなそんな感じで・・・。
だいぶ落ち着いていたバーツは頭をパーシヴァルにもたせかけたままで、それを聞いてもしばらく大した反応もしなかった。
「・・・そう、だな・・・」
バーツはポツリと呟いた。
「バーツ、俺はっ・・・」
「それがいい・・・かもな・・・」
そう言うとバーツはパーシヴァルの身体に両腕を回し、ぎゅうっと抱きついた。
「えっ・・・あ・・・」
バーツの行動にパーシヴァルの身体は凍りついたように固まった。
「パーシィはあったかいし・・・」
そのうえパーシヴァルの耳元で囁くので余計に顔が上気しているのが自分でわかった。
「よく眠れるかもな」
冗談とも本気ともつかないバーツの言葉にパーシヴァルは我を忘れそうになった。
このままキスをして自分の部屋に連れ込んでそれから・・・。
そんな考えがパーシヴァルの頭をかすめる。
心配しているなんて言っておきながら本当はバーツが弱っているのをいいことに自分のいいようにしたいだけなのかもしれない。
(違う!俺は・・・)
そうじゃない、と自分に言い聞かせるとバーツの身体を自分から引き離した。
「・・・パーシィ・・・?」
「・・・ごめん・・・やっぱり一人で寝たほうがいい・・・よな・・・」
バーツの顔を見ることが出来ずにパーシヴァルはそう言った。
「そう・・・なんだ・・・?」
また俯き加減の少し沈んだような調子でバーツは答える。
「・・・バーツ・・・」
「いいよ・・・大丈夫。話したからちょっとラクになった・・・だから大丈夫。明日からは普通にしてられる」
バーツはほんの少し微笑んでそう言った。
それから両方の手でそうっとパーシヴァルの顔を包むとその顔を見つめた。
そうされてパーシヴァルも今夜初めてまともにバーツの顔を見たような気がした。
月明かりに照らされているせいもあってか昼間仕事をしている時とはまた違った雰囲気で、キレイな瞳が自分を見つめてくるのでそれにまたドキドキしてしまった。
「ありがとな・・・パーシィ」
バーツの言葉を半分も聞いてないようなそんな状態でパーシヴァルは目を細めてバーツの顔を見ていた。
顔に掛かった髪の毛を手で横にどけるとそのままバーツの頬に触れた。
「でも・・・ちょっと残念・・・かな」
「えっ・・・?」
バーツは顔を寄せるとパーシヴァルの頬にほんの挨拶程度の軽いキスをした。それは本当に一瞬でバーツはすぐに身を離すと座っていた塀の上から降り立っていた。
「おやすみ」
そう言ってパーシヴァルに悪戯っぽい笑顔を向けた。
「もし・・・どうしても寝れなかったらパーシィのとこに行くから」
そのまま何もなかったかのようにバーツはその場から立ち去っていった。
あとに残されたパーシヴァルはバーツの後姿が見えなくなるまでその場に留まっていた。
「何ていうか・・・」
一人になったパーシヴァルは、はあ・・・とため息をついた。自分だけが空回りしているような気がしなくもない・・・。
「キスしたかったのになぁ・・・」
はあ、とまたため息が出る。
今夜は自分の方がちゃんと眠れるのかどうか心配になった。
夜空を見上げると形のいい月がこうこうと輝いていた。


=END=


2005.02.06up
バーツが本拠地に来た日の夜の出来事でした(^^;
パーシヴァルがイクセに行って連れてくるのが理想(笑)
あまりらしくないバーツになりましたがこれはこれでアリかな、と。
結局の所、バーツはパーシヴァルを慕っています。素直に言うこと聞いてるし(笑)
でもパーシヴァルは振り回されてばっかりです。何て気苦労の絶えない人なんだろう・・・(苦笑)


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