●緑の海●


本拠地の敷地内に作られた訓練場。
毎日多くの兵士達がここで汗を流す。
パーシヴァルもそこで汗を流すうちの一人だったが、ひと気の少ない早朝などを好んで利用していた。
誰かと手合わせするのでなければ一人の方が集中できる。
稽古している様を他人に見られるのがイヤなのもあるのかもしれない。

ヒュンっと剣の切っ先を振り下ろすと目の前の空気が切れたような感覚を覚える。
誰もいない空間に剣を振る音と自分の息づかいが響く。

「精が出るねぇ、騎士様」
「!?」

パーシヴァルが振り返ると訓練場の戸口におよそその場には似つかわしくない若者が立っていた。
「バーツ」
パーシヴァルは剣を鞘に収めると戸口の方へと足を向けた。
「何だ、その騎士様ってのは」
バーツはたまにパーシヴァルを茶化してそう言うのだ。
「別に間違ってないだろ」
バーツは悪びれずにそう言う。
「それはそうだが・・・。お前がここに来るなんて珍しいじゃないか」
「んー?パーシィに用があったんだよ。ここにいると思ったから」
「用?用って何だ?」
パーシヴァルが尋ねるとバーツはニコリと微笑んだ。
「なーパーシィ、これから時間あるか?おれ、行きたいところがあるんだけど」
パーシヴァルに連れて行ってくれ、と言っている。
バーツの輝く瞳がパーシヴァルを捕らえて放さない。
「どこに行きたいんだ?」

「海」


厩から馬を連れ出してくると、それに鞍を載せ手綱を取り付けた。
それから荷物をくくりつけパーシヴァルは軽々と馬にまたがった。
手綱を引き、感触を確かめる。
バーツはその様子をじっと眺めていた。
「ほら」
大丈夫だとわかるとパーシヴァルは馬上からバーツに手を差し出した。
バーツが馬に乗るのに手を貸してやる。つかんだその手を引き上げた。
「おー、やっぱ高いなあ〜」
馬に乗るとバーツが感嘆の声を上げる。
「何で一人で乗らないんだ、乗れるだろう?」
「いいじゃんか、べつに」
一人で馬には乗れるはずなのに、パーシヴァルの後ろに乗せてくれと言う。
「・・・落ちるなよ」
そう言うとパーシヴァルは馬を走らせた。

風を切って馬が駆ける。馬上で感じる風は心地良かった。
広い背中がバーツの目の前にある。
それはいつでもどんなときでも。今も昔も変わらずに・・・。
そこに追いつきたいと思うけれど追いつけない。いつでも自分の先を行く、それを追いかけている。
だからたまに不安になるのだ。まだ自分の手が届くだろうか、と。
パーシヴァルの背中に身を寄せると鼓動が感じられる。少し速いだろうか?
それを聴いていると安心すると同時に可笑しさがこみ上げてくる。
バーツはパーシヴァルの背でクスクスと笑った。
「バーツ、あんまりひっつくなよ・・・」
背中に感じるぬくもりや重さが先程からパーシヴァルの集中力を手綱から引き離そうとする。
「なんだよ、おれが馬から落ちてもいいってのか?」
そう言うとバーツはすでにパーシヴァルの身体にぐるりとまわしていた両腕に力を込める。
「そういうわけじゃないが・・・」
「昔はさ〜よくこうやって馬に乗ったよな。覚えてるか?」
「ああ」
二人がまだ小さかった頃、馬に乗って駆け回ったりしていた。
パーシヴァルは昔から馬に乗るのが上手くて、年下で小さかったバーツはよく後ろに乗せてもらっていた。
初めて乗ったときは馬の背があまりに高くて怖くてバーツはパーシヴァルにしがみついていた。
そんなこともあったっけ。
「ほら、海だ」
いつの間にやら眼前には青い景色が広がっていた。
潮の匂いが鼻先をかすめる。
馬は浜辺への道を辿った。

「もういいやここで、降りる」
パーシヴァルが馬を止めるとバーツは一人、馬から降りて砂浜へと駆けていった。
白い砂浜に足跡が伸びていく。
途中で靴を脱ぎ捨てズボンの裾を膝下くらいまで捲り上げると、ジャバジャバと水の中へ入って行った。
「バーツ!・・・しょうがないな、まったく・・・」
パーシヴァルも馬から降り、手近な木の幹に手綱を結わえ付けると砂浜へと下りていく。
白い砂浜が太陽の光を反射してまぶしい。
バーツの足跡をたどりながら砂浜を歩く。皮製のブーツが砂に捕らわれ、ざっざっと音を立てる。
途中で脱ぎ捨てられた靴を拾いながら波打ち際までやってきた。
「パーシィも入れば?冷たくて気持ちいい」
パーシヴァルの方を振り返りバーツはそう言う。
「俺はいい・・・」
誰も来ないようなところを選んだつもりだったが万が一ということもある。
仮にも六騎士が海で水遊びなんて誰かに見られたらどうなるか。
ボルスなどに知られれば何を言われるか・・・大体見当はつく。
バーツは服が濡れない程度にジャブジャブと波の中を歩いたり、澄んだ水の中に両手を透かしてみたりしていた。
パーシヴァルは浜辺に立ってそれを眺めていた。
バーツが頭に巻かれたバンダナをほどくと海風に吹かれた髪の毛が太陽の光を反射して金色に輝いた。
「んーっ」
潮気のする空気をいっぱいに吸い込みバーツは大きくのびをする。
パーシヴァルの方を振り向きにこりと微笑んだ。
「もう、戻ろっか」
「?・・・もういいのか?」
「うん」
そう言うとバーツはパシャパシャと水音をさせながら浜辺へと戻ってくる。
「ん?」
裸足の足に違和感を感じ途中で立ち止まる。何かを踏んだようだ。
砂底から拾い上げると緑色をした石のようなものだった。
大きさは小指の一関節分くらいで砂利や石に洗われて表面は滑らかになっている。
バーツがそれを太陽の光に透かして見ると外側はエメラルド色に輝き、一方で中心は光を吸い込むような深い緑色が渦巻いた。
「パーシィっ、ほら、これ」
バーツがパーシヴァルに向かってその石を投げてよこした。
石は空中で弧を描き、きらきらと輝きながらパーシヴァルの手のひらに収まる。
「この石がどうしたんだ?」
手のひらの中にある石を転がしてみたりするがこれと言って特別なものではない。
「パーシィの目の色みたいだなっ!そんな色してる」
「そうか?」
自分ではよくわからないが、そうなのだろうか?
「おれは結構好きだぞ、その色」
「え・・・?」
あはは、と笑いながらバーツはパーシヴァルの横をすり抜けていく。後姿がどんどん小さくなる。
(好きって、どういう・・・?)
今まで女の子たちに好きと言われたことは多々ある。それは容姿なり、人柄なりで。
けれども目の色が好きだなんて言われたことはない。
多分、バーツの言ったことに深い意味などないのかもしれないが。
「パーシィっ!!おれの靴!!」
バーツが馬をとめている辺りからパーシヴァルに向かって叫ぶ。
「え?・・・ああ・・・」
バーツの靴を拾い上げて持ったままだったのを忘れていた。
(深い意味なんてないな・・・)
そう思いながらパーシヴァルはバーツの元へと砂浜を歩いていった。

「ほら、これ」
先程の石をバーツに手渡す。
「えへへ。ピアスの石にでもしてもらおうかなあ〜」
「お前、好きだよなあ」
畑仕事とは縁遠いような風貌。加えてそのピアス。しかも一つではなく片耳に三つも・・・。
「いいだろ?キレイな石なんだから」
本人はまったく気にする様子はない。
「そんなんだから誤解されるんだぞ?・・・ってお前その足!砂だらけじゃないか」
海から出てそのまま砂浜を歩いてきたバーツの足は砂まみれだった。
「えー?手で掃えば落ちるだろ?」
「いいから、そこに座れ」
パーシヴァルは馬を繋ぎとめている木の根元を指し示した。
バーツは小首を傾げながらも素直にパーシヴァルの言うことをきき、木の根元に腰を下ろした。
やれやれ、とため息をつきながらパーシヴァルは馬にくくりつけた荷物の中から手近な布を引っ張り出した。
その布を持ってバーツの目の前にしゃがみこむ。
それを見てバーツは何も言わずに自分の足をパーシヴァルの前に差し出した。
パーシヴァルがバーツの顔を見上げると笑みが返ってきた。
持っていた布でバーツの足をぬぐってやる。
「ちょっ・・・パーシィ、くすぐったいって」
「いいからじっとしてろ」
「自分で出来るのに」
バーツの言葉にはおかまいなしに、パーシヴァルは無言で作業を進めた。
バーツはその間、海の遠くの方を見ていたり、また、クスクス笑ったりしていた。
「なんで海なんだ?」
パーシヴァルは顔を上げずにそうきいた。
「んー?たまにはさ、違う景色とか見たくなるだろ?広い海とかさ」
「そういうものか?」
「そういうもん。気分転換だよ」
バーツはそう笑って答えた。
「気分転換、ね。・・・よし、キレイになった」
バーツの足の砂を落とし終わったパーシヴァルは使った布を小さく折りたたんだ。
「ありがと。・・・っと、靴、靴・・・」
バーツは自分の靴を探して辺りを見回した。
「それだけか?」
「え?」
「俺に対する礼はそれだけか、と訊いている」
パーシヴァルの言葉にバーツはきょとんとした顔をしている。
「足りないだろう?言葉だけじゃ」
パーシヴァルはクスリと笑みを浮かべた。
(この顔・・・!)
何度となくバーツが見てきた顔、自分が優位に立っている時にパーシヴァルがしてみせる顔だ。
一瞬冷ややかで挑発的で。そんな顔、他の人間の前でするのだろうか?
「そういうの、卑怯だぞ!騎士のくせに!!」
「なんとでも言え。それに今は騎士の務めじゃないから騎士は関係ない」
「なっ・・・」
パーシヴァルの言い分にバーツは言葉を無くす。
「俺が慈善家だとでも?そんなわけないだろう?」
パーシヴァルは喉の奥でクツクツと笑った。
(いつだってお前のことばかり考えているんだから)
「パーシィ・・・性格悪いな・・・」
バーツはむすっとした表情で呟いた。
「そうだな」
パーシヴァルは相変わらずの笑顔でそう答えた。
明らかにこの状況を楽しんでいる。
「で、どうする?」
「パーシィは何がいいんだよっ」
「俺は何でもいいぞ?」
(絶対ウソだ!!)
笑顔で言うパーシヴァルを見てバーツは即座にそう思った。
何でもいいならこんな状況を作る必要は無い。
「じゃあ、トマト一年分」
「そんなの頼まなくてもくれるだろ?」
「何でもいいって言ったくせに・・・」
バーツがぽつりと呟く。
「何か言ったか?」
パーシヴァルの笑顔がバーツには腹立たしかった。
「もう、何だっていいよ!パーシィの好きにすればいいだろっ!あほらしっ」
そう言うとバーツはそっぽを向いてしまった。もうただこの状況が早く終わって欲しいと願うばかりで。
どうせ何を言ってもパーシヴァルを言い負かすことなど自分に出来はしない。
「ふうん。じゃあ、好きにさせてもらうが、あほらしいってのはヒドイな・・・」
パーシヴァルは身体を寄せ、バーツの耳元で囁いた。
「俺は大真面目だよ」
そう言うとパーシヴァルはバーツの上半身を肩から木の幹に押し付けた。
「!」
ぐいと押し付けられたのでバーツは背中に少し痛みを感じた。
パーシヴァルに反論しようと開かれたその口は何かを言う前にパーシヴァルによって塞がれた。
バーツの目の前にパーシヴァルの顔がある。
日の光に照らされたバーツの肌は熱を持ちほんのり潮のにおいがした。
「ん・・・ん・・・」
パーシヴァルは無理矢理進めようとせずこわばったバーツの身体を解きほぐすように優しくゆっくりと深い口付けをする。
いつもならバーツはパーシヴァルの身体を引き離そうとするのに今日はそうしない。
バーツの手がパーシヴァルの服の袖を掴んで、まるでキスをせがんでいるかのようだ。
パーシヴァルの右手がバーツの頬をなで、左手は頭の後ろに回された。
潮風に吹かれたバーツの髪の毛がパーシヴァルの指にひっかかる。
パーシヴァルの息遣いにバーツが呼応する。
唇を軽く離してはまた重ね、それを何度となく繰り返した。
幾度目かでようやくパーシヴァルはバーツを自由にしてやった。
身体を少し離しバーツの様子をうかがう。
バーツは頬を赤く染めパーシヴァルとは目を合わせない。手の甲で口の端をぐい、とぬぐった。
パーシヴァルは立ち上がり、にこりと微笑んでバーツに手を差し出した。
「じゃあ、帰るか」
バーツは困惑気味の顔でパーシヴァルを見上げた。
何も言わずにパーシヴァルの手を取り自分も立ち上がる。
パーシヴァルはバーツの足元に靴をおいてやった。
バーツが靴を履いている間に馬の手綱を木の幹から解き、馬を歩かせる。
手綱をつかみ馬にまたがると馬下のバーツに手を差し伸べ、馬上に引き上げた。
何も言わずにパーシヴァルは馬を走らせる。
馬は元来た道を駆け抜けていく。
「もうパーシィには何も頼まないからなっ」
パーシヴァルの背中に向かってバーツは言った。
それを聞いてパーシヴァルはクスリと笑った。
「他に誰がお前のわがままをきくっていうんだ?」
自分以外はありえないというようにパーシヴァルは言う。
「知らないのか?おれって結構もてるんだからな!頼めば他にいくらだって・・・」
「そんなこと、させやしないさ・・・」
バーツの言葉を遮るようにパーシヴァルはポツリとつぶやいた。
「え?なに?」
「なんでもない」
背中でバーツが怪訝な顔をするのも知らずパーシヴァルは一人馬上で笑った。
馬は速度を上げ疾走する。
バーツのぬくもりが背中で感じられる。そのことが今のパーシヴァルには嬉しかった。



=END=

070708up
終わってるようでちゃんと終わってないような感じですが(^^;
後半はパーシィちゃんの逆襲で(笑)今までで一番、攻っぽいと思うのですが・・・。
頼りにされたいと思う反面の独占欲みたいな。
バーツは相変わらずパーシィちゃんを振り回してます。

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